キャシーの総括

高校の軽音楽部、大学のバンドサークル、自分の話

今日の「人生の10曲」

自分にとってのライフタイムベストを決めるというのはありがちな切り口だけど、まあアテにならないったらない。選定対象である「聞いたことのある曲」は日々増えていくばかりだしそのときどきの気分も大いに関わってくる。同じ質問を同じ日の朝に答えるか・夜に答えるかでもチョイスはかなり変わってくるだろう。でも「今の気分に合う10曲」はたぶん題名以上の意味があるものにならない。もう少し筋の通ったことを言ってみたい。何のためにとかいう問題ではない。

 

そこでだ。今、思う「人生の10曲」をそのときどきで真剣に考え、選び、それを繰り返すことで見えてくるものがあるのではないだろうか。ライフタイムベストの定点観測。いつの日か集計してみるもよし、最後まで残り続けた曲たちを真のベストとするもよし。YARANEVA!!

 

2019/4/13 PM8時 順不同

①アカシア / レミオロメン

②四つ足坂 / 有頂天

③My Generation / The Who

④Jolie / Al Kooper

⑤マカロニ / Perfume

⑥ウルトラ六兄弟 / 武村太郎・少年少女合唱団みずうみ

愛の言霊~Spiritual Message~ / サザンオールスターズ

⑧Shake The Disease / Depeche Mode

⑨Yours Is No Disgrace / Yes

⑩Out Of Control / U2

 

ギリギリ選外

FACES PLACES / globe

 

所感

・10曲選ぶにあたって色々余計なことを気にしていることがわかった。すなわち

「聴いてる年数」

「自分を少し客観視してみたうえでの自分っぽさ」

「ジャンルのばらつき」

というフィルターを通さずにはいられないらしい。

 

ビートルズを同じ土俵に乗せるのは自分にはかなり難しい。「ビートルズの中で10曲」ならどうにかなる。1曲は無理。2曲以上選んでもいいはずだけど先述のバイアスがかかるのでやっぱり無理。

 

・アーティスト自体への愛着はあまり関係ない。U2なんて1st以外は(

 

忘れた頃にまた選んでみたいです。

特撮マリオ公文式小僧、ギターを手に取る(後編)

ORANGE RANGE

我々世代と切っても切り離せぬビッグネームである。

2nd『musiQ』はダブルミリオン、3rd『ИATURAL』も出荷ベースでミリオンヒットを叩き出した。『ИATURAL』が発売された2005年以降にオリジナルアルバムを100万枚売ったバンドは他にサザンとミスチルしかいない。

 

ИATURAL』は自分が生まれて初めて自分の意思で買ってもらったアルバム。『musiQ』はレンタル品を親にCD-Rへコピーしてもらい、しばらくは公文式の英語教材用CDプレイヤー「E.master」で聴いていた。

そのうち埒が明かなくなり、12歳の誕生日に叔母からiriverのMP3プレイヤーを買ってもらった。同じ年に両親からはMDプレイヤーをもらったがどちらをより使うかは言わずもがなで、親には申し訳ないことをしたと今でも思う。

 

 

今になって聞いてみるとNAOTOの音楽オタクっぷりこそ伝わるもののフロントマン3人の軽さは当時感じていた以上のものがある。ネット上での「軽すぎる」という批判に小中学生の頃は眉をひそめていたが今になると分かる、この軽さ。後年の鑑賞にギリギリ耐えられてない。

でも「上海ハニー」なんかRYO以外ハタチでRYOは18だったししゃーないよなあ。RYOは高校を卒業する自分を重ねながら「ミチシルベ~a road home~」をRECしてたらしい。しかし話のインパクトとしては平川地一丁目の兄が中学卒業に先駆けて「桜の隠す別れ道」を作った方に軍配が上がる。

そんなことはどうでもよく、ORANGE RANGEのおかげで私はギターとベースとドラムが何かを知り、押韻というラップのルールを知り、刺激たっぷりの穴を知り、ポップスとロックの間に線引きをしてみたりするようになった。自分と一回りくらいしか離れていないニーチャンが自由な歌を歌ってオリコン1位を取る、そこにカッコ良さを感じてたのかもしれないと今になって思う。

 

自分がマイブラに最後までピンとこなだったのは初聴のとき「yumekazeじゃん!」って思っちゃったからだと思うたぶん 

 

ようやく「音楽が好き」という自覚が芽生えた私はここからローティーンなりに趣味の幅を広げていくことになる。SOUL'd OUT(一瞬)、バンプレミオロメンアジカンエルレ、とお決まりのルートを歩む。そしてずっと前から家にあったビートルズの青盤のヤバさに気付いたことでようやく「ギターを弾いてみたい」という感情が芽生え、13歳のクリスマスを迎えることになる。

その道筋を辿るにあたりどうしても無視できないトピックがある。あまりおおっぴろげに語るのが憚れられるトピックではあるしこのまま風化されていったほうが世のためではあろうが、ネット小僧としてそれはなんだか悔しいのでいずれ触れることにしよう。

特撮マリオ公文式小僧、ギターを手に取る(前編)

13歳のクリスマスに浦和コルソの山野楽器で両親からアコースティックギターを買ってもらった。リクエストに沿う形でのプレゼント、なんだけど本気で欲しがってたかというと微妙なところで。とっさの思い付き、半ば冗談で言ってみたらその足で楽器屋に連れていかれてしまっただけだ。

家族の中に演奏面での音楽的素養を持つ者はいないし、友人との間で「バンドやろうぜ!」的なノリを発揮したわけでもない。「ギターが欲しい」などと口走るまでにどんな経緯があったのか。

 

学生時代はそれぞれの形で音楽と接していた両親も働き始めてからは音楽に対して特別な熱を上げることがなくなった。否、そもそも学生の段階で熱の上げ方が「特別」だったのかは分からない。当時からすれば文化祭でバンドを組むのも新宿や渋谷へ外タレを観に行くのも、今以上によくあることだったのかもしれない。

都内の支店で出会った父と母は私の生まれる5年前に社内結婚し、ほぼ同時に1~2年周期の転勤族生活を始めることになった。

バンドブーム真っ最中の1990年からは約2年間の海外駐在も経験した。帰国すると母曰く「B'zという全然知らないグループ」がヒットチャートを席巻していた。

この時期(から向こう10年)の音楽業界の移り変わりの激しさは言わずもがな。

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この頃から、母が中学生のころLP・EPでそうしていたように、二人でレンタルショップでその時流行りのCDシングルを借りてカセットに落とし込むという習慣が定着する。

私と妹がオギャーしたのもその頃。

両親はスバル・レガシィの後部座席からガキどもが、カーステから流れるサザンの「愛の言霊~Spiritual Message~」のリズムに合わせてシートをガンガン踏むのを耐え続けていた。

私がカラオケで初めて歌ったポップスはWhiteberryの「夏祭り」。買ったばかりのWindows98を駆使して作られた初めてのCD-Rオムニバス「2000年夏・ベストセレクション」に収録されていた。

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と、流行りの曲を着実に押さえることができる環境だったとはいえ、「音楽が好き」という感覚は更々なかった。

ウルトラマン怪獣図鑑で識字能力を高め、SFCの「スーパーマリオワールド」でハナチャンを踏みまくって得点をカンストさせ、公文式の教材に汚い字で四則演算を書きなぐる、それだけの児童だった。

 

転機が訪れたのは2003年。あのメガヒットグループの登場によって私は「バンド」を知ることになる。

数年に1回ガーリーキラキラポップにハマる人

年を増すごとに新しい音楽を聴こうとする気概が弱まっている。Spotifyもふいに聴きたくなった既知のアーティスト/曲を検索して聴くという使い方ばかりしている。しかしある日の帰り道、目についた公式プレイリスト「キラキラポップ:ジャパン」を何気なく聞いてみることにした。一筋縄じゃいかない個性的な曲が並ぶ良構成だった。アイドルソングやボカロに紛れてしれっとZELDAや有頂天が居たり。中でも1曲目のCY8ER「マイライフ」に完全にやられてしまった。
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こんな気持ちになったのは中3の春にスペシャで流れてたPerfume「マカロニ」のMVを見たとき以来だった。今のPerfumeもそりゃ嫌いじゃないけど結局は『~Complete Best~』や『JPN』の路線が好きなんだよなあ、という困り者には刺さるものがあるかもしれない。初聴でこんなにハマれるならCY8ERの他の曲は?と思ってSpotifyYouTubeを漁ってるうちに気分は一端のサバイ族に。Welcome to Underground……

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「歌声の役割」に限った話だけどPerfumeの各々に近い声を持ってると思えるのが3人とその枠から完全に外れた個性を持つのが2人(あまりにも失礼なカテゴライズのため内訳は省略)。オートチューンのかかり方は音程補正以上・『GAME』のPerfume以下といったところか。

アジア風味なトラックとか歌詞の世界観とかくすぐられポイントがいくつかあるけど如何せん比較軸がPerfumeくらいしかないのでこの辺でやめておく。どうやら過半数が俺の年上だそうで個人的にグッとくる

 

 

そういえば「マカロニ」以来、ではないことを思い出した。Hazel Nuts Chocolateがあった。へなちょこ。ゼロ年代の卓録ポップ。しかしチープさは極力抑えられ親しみやすさの塊。キュート。ファンシー。就活期に狂ったかのように聴いてた。

 

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 ボーカルYUPPA氏の最近の仕事

 

同系統の音楽はいくつもあるだろうに、刺さるものと刺さらないものの違いが自分でも全く分からない。楽曲、歌詞、サウンド、聞いたタイミングとその時の気分が噛み合ったり、演者のバックグラウンド・ストーリー性も無視できなかったり。しかしまあ、このタイミングでアイドルにハマるなんていったいどうするつもりなんだ?もう音楽性関係なしにBiSとか漁り始めてるし

 

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という理屈をよそにCY8ERの再生回数を稼ぎ続けるキャシーでした。さてCD買ってこよう

生まれる前の話

どうして軽音楽部に入ったのか、とりあえず時系列の最上流から考えよう、となると家族のことに触れないわけにはいかない。
母は静岡県西部の片田舎に生まれた。どういう順番で音楽にハマったのかを正確には知らないが、中学の卒業文集の寄せ書きに「Confusion will be my epitaph.」と書いたらしいので推して知るべしだ。

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彼女が中学時代にレコード音源を録音して作った「好きな曲オムニバス」的なテープが実家にいくつか転がっている。結婚後も、俺が生まれた後も、そして今もほぼ毎年(テープ~MD~CD-Rとメディアの変遷を挟みながら)こういったオムニバスは作り続けている。

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母が中学時代に作った現存最古のオムニバステープより。ボーカルは後にAC/DCへ加入するBrian Johnson、ということを母は知らない


地元の高校へ進学後もQueenを名古屋へ見に行く(初来日の75年orその翌年か?)など順調に育ち、大学進学を機に上京したその頃、時勢はパンク&ニューウェーブThe ClashThe JamTalking HeadsUltravoxThe Boomtown Rats……。実家には錚々たるメンツたちの半券が大切に保存されている。ただただ羨ましい。

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母曰く「とにかく歌声がしゃがれていた」



と、ミュージック・ライフ直系リスナーだった母に対して父は文化祭限定バンドマンの経歴を持つ。
北の地・札幌でDeep Purpleのフィルムコンサートや山下達郎オフコースのツアーを観に行くなどしていた父は、高校生の頃ギターを手に取りWishbone Ashのコピーを演奏した、らしい。この時の演奏がテープに残っているが、父自身が時折思い出したようにテープを引っ張り出してきたときを除けばまともに聴いたことはない。その後ギターを熱心に続けることもなかったようで、いま試しにギターを渡してみてもBlackbirdのさわりを辛くも弾ける程度だ。

音楽的な影響をより受けたのはどちらか、と考えるとどうしても母に軍配が上がる。父が好きなオフコースMarvin GayeもBobby Caldwellも今のところ通る気配がない。でも母だけが音楽好きだったら家のCDラックにDonald FagenのThe Nightflyが並ぶことはなかったし、私の世界も今より少しだけ狭かったはずだ。

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父の実家に残された大量のレコードのうち何枚かを引き継いだがこれも押し付けられた。いずれ聴く日が来るかもしれない。



中1のクリスマス、こんな両親から私はアコースティックギターを買ってもらった。長い旅が始まる。

はじめに

社会人になってから3年が経とうとしているが、目につくのはどうしても学生にまつわる話だったりする。昨日は東京大学さんの合格発表日だったらしい。〇〇高校の合格者が××人だったとか、母校からは何人受かったとか。母校、を思い返すとそういえば高校に入学したのは10年前の2009年。区切りがいいのでこれを機にまとまった文章を書いてみたいと思う。

 

軽音楽部について語りたいという欲望は随分前から抱いてきた。それはギターを手に取った中学時代の自分にとっては高校受験への大きなモチベーション源だったし、高校・大学時代は自分の居場所になり、会社勤めになってからは時折思いを馳せるふるさとのような存在となった。自分の人生に甚大な影響を及ぼすことになるいくつかの人たちに出会った場所だ。思い出話はキリがないほどある。

だがここではそれを語ること自体を目的とせず「2010年代のとある軽音学部(サークル)」がどんなものであったかを表してみたいと目論んでいる。といっても自分が見聞きしたこと以外を書くわけにはいかないので単なる回顧録になるのがオチだったりして。内輪ノリは極力出したくないけど知り合いウケもちょっぴり取りたい。どうせ高校以前の自分の話にも触れることになるだろう。自分ひとりの体験談を書いたところでどれほど一般性を帯びた話になるのか現段階では想像もつかない。

先行研究(?)として、高校軽音を題材にしたミニコミがどこかにあるらしいので早いうちに入手してみたい。(何やら交流のあった他校の先輩バンドが登場するらしいので個人的にとても興味がある)

 

たかが900文字ほど書くのに想像以上のカロリーを使ってしまった。なんだか自分の持つパワー以上のことを書こうとしている気もする。ともかく文章を書くことが今の自分にとっては重要だ。「ネットの海に何かしらの有機物を生み出したい」という野望と「俺を見て!読んで!知って!」という顕示欲の落としどころがこのブログである。作詞作曲もできず演奏行為とも距離を置いて久しい自分が、高校~大学のあの7年間+αを直接的に活かすことを何でもいいからしてみたくなったのもブログを開設した一因だ。まあ飽きたらフツーのノンジャンルブログにすればいいや。どうぞお手柔らかに。